鶴瀬駅西口地域に新田(畑)開発の鍬が入れられて約300年。それから約200年後に、東武東上線鶴瀬駅が開設され、東側が一足早く町並みを形成した頃、反対(現在の西口)の側にはまだ武蔵野の雑木林が多く残っていたという。

 1980(昭和55)年に西口ができ、橋上駅で東口と連絡できるようになり、駅前通りができて、周辺には家が増えた。公団住宅が建ったことも、西口開発の機運が高まる要因となった。西口のスーパーは草分け的存在である。

 この西口周辺を、計画的に整備しようと、幾度かの試行錯誤を経て土地区画整理事業が着手された。古くなった公団住宅の建替えも、この機運に弾みをつけたという。

 現在、安定成長・成熟社会・地球環境の時代を迎え、既に形となりつつある事業の完成像に向けて再び語り合い、イメージを共有することが求められている。

これまでの経緯

・昭和32年、鶴瀬第一公団建設と同時に土地改良事業として推進活動がスタートするが、組織化までは至らなかった
・昭和44年10月、鶴瀬駅西口地域開発促進協議会が発足した(昭和48年解散)
・昭和45年8月25日 市街地区域及び市街化調整区域が決定された
・昭和45年12月28日 用途地域が決定された
・昭和47年8月5日 鶴瀬駅西通り線・駅前交通広場が都市計画決定された
・昭和55年12月 鶴瀬駅西口地域開発促進協議会が発足した(昭和60年5月解散)
・昭和63年11月 西口まちづくり研究会が発足した
・平成元年8月 意向調査(アンケート)を行った
・平成元年12月 「市施行」により区画整理事業を実施することを表明した
・平成2年3月 鶴瀬駅西口区画整理事業推進協議会が設立された
・平成2年 A調査。ワークショップを実施し、構想を練った
・平成3年 B調査。平成3〜4年度に、委託調査により、計画のたたき台を作成した。
・平成4年2月27日 基本計画書が建設省に承認された
・平成4年7月1日 施行規定条例が公布された
・平成4年10月13日 都市計画決定(区域決定告示)
・平成4年11月25日 事業計画認可(公告)
・平成5年5月13日 審議会開催
・平成6年9月28日〜10月28日 仮換地説明
・平成7年1月6日 事業計画認可(第1回変更)
・平成7年5月1日 仮換地指定(全区域指定)
・平成7年7月27日 実施計画承認
・平成7年9月1日 使用収益停止(第1回)
・平成7年 工事・補償業務開始
・平成7年12月22日に鶴瀬駅西口地区計画を定めた
・平成8年4月15日 使用収益停止(第2回)
・平成9年11月25日 使用収益開始(第1回)11,839u(全宅地152,267.87u)
・平成10年12月25日 使用収益開始(第2回)14,933.1u(累計6,772.1u17.6%)
・平成11年12月20日 使用収益開始(第3回)3,790u(累計30,562.1u 20.1%)
・平成13年2月15日 使用収益開始(第4回)11,632.6u(累計42,194.7u 27.7%)

・鶴瀬駅を中心とした、土地区画整理事業に関係する22.5haの区域に関して、まちづくり構想を考える中で、1.まちづくりのテーマを立てる、2.まちのイメージやデザインを考える、3.土地利用を計画する、4.道路の骨格を計画することが目的とされてきた(平成3年度)。

・その後、1.富士見市の中心市街地にふさわしい商業・業務地の形成を図る、2.うるおいのある住宅地の形成を図る ことを目的として、用途地域、地区計画、防火地域・準防火地域等の都市計画が見直された(平成7年度)。 

・現在の計画案では、新たな幹線の駅前通りが整備され、自動車交通は大幅に改善される。一方、旧駅前通りは、アーケードとなり、歩行者を中心としたヒューマンな商業空間に生まれ変わる。

・商店街−マンション等の集合住宅−戸建住宅が美しく調和した町並みを形成することにより、個性とまとまりのある町ができ、この町に住むことのアイデンティティと誇りが高まる。