(3)都市計画・社会現象のシミュレーション

 都市は、都市を構成する個々の建築物(それぞれのオーナーによって計画される)によって構成されています。その増改築・建替等は、一般にはそれぞれのオーナーの自由意志により個々の時点で行われ、設計・計画も個別の条件により、別々に決定されます。

 このような状況に対して、都市計画では、建蔽率・容積率、斜線制限等のゆるやかな条件により、個々の建築活動に対する制約条件を設けることにより、全体としての町並の形成に影響を与えています(必ずしもその目的とする所は、景観の形成ではない)。更に、近年では、地域の実情に合わせて、地域固有の将来像を設定し、これに基づいて個々の建築物の形状を規制することのできる地区計画や建築協定という制度が普及し、その中で良好な景観形成も有力な目的の一つとなってきました。

 さて、このような都市計画条件の検討段階において、どのような条件を設定すれば、どのような市街地景観が予測されるか、という事項は重要な点です。(しばしば、都市計画が「個人の権利や自由の制約」として理解された場合に、将来像が無視された形で議論される事柄ですが)。

 このことは、一つの条件設定を仮定した場合に、それに合致するような建築形状を一つ一つマニュアルで作成し、そのようにして作成したデータを膨大に配置することで市街地景観を検討する、という手順では膨大なコストが必要となります。

 そこで、景観シミュレータでは、敷地割のデータを予め用意し、その上に都市計画条件を設定した上で、建築物の概形を自動的に生成する、市街地生成機能を用意しました(1997)。ここでの生成は1回限りであり、生成結果は、LSS-Gファイルとして生成し、景観シミュレータでこれを読み込んで、中を歩き回り眺めるような操作方法でした。

 今般、建築研究所の特別研究「成熟社会に向けての都市解析データの整備と都市開発プログラム」において、都市の社会経済的条件も含めた「成熟都市シミュレータの開発を行いました。このシステムにおいては、都市のインフラ、敷地割とその上に建つ初期の建築物、都市人口分布を初期条件として、統計から得られた建築物の平均耐用年数等に基づく確率的な更新を、年次をステップとして行います(その地域全体の平均的な更新過程を、個々の敷地上の更新に適用する)。その際に、都市計画条件に対して限度一杯に建築が行われるのではなく、社会経済条件によっては、それよりもはるかに低い建物しか建たないような状況も反映させます。更に、シミュレーションの結果については、ネットワーク越しに連携した景観シミュレータに、年次をステップとしてオンラインでデータを送出・更新し、シミュレータの側では次第に未来に向かって進んで行く市街地景観の中を歩き回ることができるようになっています。

 課題としては、社会現象のアルゴリスム、ロジックをプログラムに落とし込む際の客観性の問題があり、このことは究極的には社会現象そのものに、予測不可能性が常に内在するという問題に帰着します。但しこれは、人工生命等、そのロジックよりも寧ろ、シミュレーション結果の面白さ、尤もらしさで有効性を確認しようとする、近年のシミュレーション研究のあり方と合致した方向ではあります。

2.共時態と通時態

 設計計画において、例えば再開発や集合住宅の建替等での景観シミュレータの利用は、竣工時点における3次元的な空間構成(共時態)に対する評価に他なりません。これは設計者あるいはその集団による計画内容を表現することとなります。

 一方、成熟都市シミュレータにおいては、「竣工時点」という概念は存在しません。検討開始時点における初期条件と、生成条件(都市計画条件等)から、毎年を時間単位として変化のシミュレーションを行い、逐次景観シミュレータに差分情報を送出して表示を行います。オペレータが停止をかけるまで、原理的には無限の未来までシミュレーションが続きます(通時態)。

 区画整理のように、設計・計画段階において、竣工時点における「完成像」を描ききることができず、個々の敷地における各施主による設計・建設に委ねられるようなタイプの事業の場合、事業計画段階では、建蔽率容積率をはじめとする都市計画的条件、あるいは更に詳細な地区計画・景観条例などによる制約条件下での、ランダム性をはらんだ生成プロセスをシミュレートする必要があります。一般地域における都市計画の検討も、この条件に近いでしょう。

 更に広く見ると、日本あるいはアジアの都市においては、比較的寿命の長い耐火造の建物であっても、「半永久」と言えるような耐用年数を有するには至らず、物的あるいは社会的な耐用年数に至ると、更新を繰り返しています。従って、上に「共時態」として例示したような場合であっても、より長期的に見ると、通時態としての側面を有しています。言いかえると、再開発が完成・竣工しても、それが最終的な姿なのではなく、その建物が耐用年数に達し、再再開発される状況は内包されているのであり、理想的には、そのような状況が織り込まれたような形で当面の事業計画も考察されるのが真実味があります。このような意味で、都市計画という営為の本質は、日本あるいはアジアの諸都市においては、その完成像を絵(「共時態」)として提示することではなく、予想することに意味のある範囲での有限の未来という視界の中で、当面想定される問題を解決・回避するための当座の方向を見出すこと、さらにそのような営為を、継続的に行う(通時態)こと、という性格を帯びます。これは、視界範囲に感知される情報に基づいてコースを選択する「運転」ないし「操縦」という行為に近いものです。

シミュレーションの技術は、このような営為を支援するものとして期待されるでしょう。